秋、と聞いて連想することといえば、「読書」や「食」が相場だが、ここではあえて「土木の日」について触れてみたい。「土木の日」とは霜月18日のこと。インターネットで由来を検索すると「土木」という漢字を分解した数字が「11」と「18」だから、とあるが、その真意を土木学会にたずねてみた。

 同学会附属土木図書館兼編集課によると、「土木の日」は1989年に設けられたというから、意外にも歴史は浅い。しかし、この日を「土木の日」と決めるには1879年まで遡る。

 1994年刊行の『土木学会の80年』などによれば、11月18日を提案したのは、学会の広報委員だった間組(当時)の須田忠児氏。一同、納得するも「あまりにも思いつきではないか」との意見が出たため、決定には至らなかった。そこにGOサインを出したのが、広報室長(当時)の河村忠男氏だ。理由は1879年のこの日が奇しくも工学会創設の日だったから。工学会は土木学会の大本で、日本工学会の前身だ。

 工学会は工部大学校に通う23人の親睦団体として誕生した。なぜ彼らが11月18日を選んだのかは記録にないが、広報委員の間で「工学の中心がシビルエンジニアリングであることを先輩方は投げかけているのではないか」という考えに落ち着いたという。

 シビルエンジニアリングコースを設けている横浜国大のウェブサイトによれば、シビルエンジニアリングとは「“市民のための工学”、一般には“土木工学”。社会生活をより豊かにする社会基盤の整備・維持管理・運用に貢献する学問のこと」。

 そもそも「土木の日」の設置は、土木工学が市民のための工学であるにもかかわらず、土木界自らが市民やマスメディアに対し直接語りかける姿勢に欠けていた、という反省に立ってのことだ。この“反省”は現時点でも続いているようで、今年の「土木の日」には記念行事として、「匿名性からの脱却」というテーマのシンポジウムを開くという。

 京都大大学院教授の宮川豊章氏が昨年の行事で、「土木技術者よ、仮面を脱いだ月光仮面となれ」と提言したことを受けたことによるものだ。宮川氏は月光仮面の主題歌を用いて、縁の下の力持ちで、顔の見えない土木技術者を指しているようだ、と言ったらしい。シンポジウムの案内には「情報化社会の今日、『誰が造ったかわからない』、『造った人の顔が見えない』という状況は、土木に対してプラスに働いているだろうか。(中略)若い人々から『自分も将来このようなものを作る技術者となりたい』という気持ちを奪っているのではないか」というくだりがある。

 2008年の国公立大学と私立大学を合わせた57校の土木系学科の入試倍率を平均すると2.0倍。2007年と比べれば0.3ポイント増えたが、日経コンストラクションが2006年に調査した土木系学科の入試倍率は2000年が2.3倍、2005年が2.1倍となっており、他学科と比べて人気が高いとはいえない状況だ。

 もしこのまま土木への関心が薄れていくとしたら、インフラ整備の不足など、さまざまな問題が生じるだろう。衆目を集められないのは、何も土木界の広報不足だけが原因ではない。我々マスメディアがどれほど伝えられているかにも多くの課題が残る。“褒める”記事よりも“叩く”記事の方が読まれる、という現実も無関係とは言えなさそうだが。

 先人たちが11月18日に込めた思いとはどんなものだったのか。人に“モノ”を伝えることに関心を持つマスメディア界の人間として、何ができるのかを改めて考えてみたい。

※初出時に三段落目の人名記載に誤りがありましたので訂正しました。(2008年10月15日17時50分)