少し前まで、いわゆるアトリエ系の小さな設計事務所に就職してできるだけ早く独立したいと言っていた建築学科の学生が、心変わりした。大手の組織設計事務所かデベロッパーに行くのだという。「なぜ?」と聞くと「厳しい世界で競争していく自信がない」と話す。

 もう少し話を聞いていくと、別の本音ものぞいた。「大きな仕事をできない気がする」「待遇が悪いし安定しない」と打ち明けた。

 昨年の就活でも同じようなことがあった。小規模な建築設計事務所で修行して数年後に独立するという夢を語っていた学生から、今年初めに、大手の組織設計事務所に内定しましたという連絡がきた。「いろいろ考えた結果、大きな仕事をしたくて」という理由だった。

 たまたまの事かもしれないが、2人とも優秀な学生だと感じていただけに考えさせられた。就職活動を目前にひかえた別の学生に話を聞くと、やはり組織設計事務所などの比較的大きな会社を希望するという。主宰者の才覚に経営が左右される小規模な設計事務所などにキャリアを託すのは、リスクが大きくて見合わないという判断からだ。

 話を聞いた3人にとって、待遇の低さや不安定さに見合うだけの展望が見えないということなのだろう。

 著名な建築家の事務所を経て、今は独立して設計事務所を営んでいるベテランの設計者にこの話をしたら「確かに以前に比べると個人では大きな仕事を任されなくなっている」という実感を持っていた。建築基準法の改正、建築士法の改正、住宅分野で義務付けられる瑕疵担保責任保険などが「個人に仕事を託さない」傾向に拍車をかけている。

 日本の建築業界は壁にぶつかっている。打破するために必要なのは石橋をたたいて渡る組織の安定した力よりもむしろ個人の突破力だろう。それを生かす仕組みが必要だと多くの人が感じているのに、逆の方向に進んでいる。先のベテラン設計者は「国内にとどまるのではなく、海外に目を向ければいい」と若手にエールを送る。

 景気の低迷に加え、さまざまな規制でがんじがらめの建築業界は大変に窮屈な状況であり、可能性をもった若手たちがそこにとどまっている理由はないのかもしれない。「海外を目指せ」と発破をかけたベテラン設計者は「経験を積んで、戻ってくれればいい」と続けた。そんな方法もあるかもしれない。が、できることなら日本の国内で個人の力を生かせるような環境を整えたほうがいいし、そうなってほしい。