ガタン(エレベーターの止まる音)。おや、止まったぞ・・・。動かない。ダメだ、携帯電話が使えない。おーいだれかぁ――。もしエレベーターに閉じ込められたら、こんな思いが錯綜するのではないかと思う。

 ケンプラッツが8月8日に伝えたように、東京都千代田区のマンション「イトーピア四番町」の管理組合は、エレベーターに閉じ込められたときに備えて、飲料水や簡易トイレなどを収めた非常用備品セットを設置した。千代田区が、区内の分譲マンションを対象に実施している備品提供サービスの最初の利用者だ。住民がマンション内で閉じ込めトラブルに遭遇したことが、備品設置のきっかけになったという。

 1999年10月、米ニューヨークの高層オフィスビルで、一人の男性が金曜日の夜から日曜日の午後まで、実に41時間もの間、エレベーターに閉じ込められるトラブルが起きた。同年11月5日付の朝日新聞は、被害者の男性が26億円の損害賠償を、ビルの所有会社と管理会社に求める訴訟を起こしたと伝えている。

 閉じ込められているときの様子を記録した防犯カメラの映像が、「TRAPPED IN AN ELEVATOR FOR 41 HOURS」というタイトルで、ネット上に公開されている。被害者はエレベーターの操作ボタンを押し、手で扉を開けようと試みる。だが、そのうち座り込み、寝ころんでしまう。不安と焦燥とあきらめが、立ち振る舞いから生々しく伝わってくる。この動画を見ながら、非常用備品があれば、少しは不安が和らいだろうにと考えてしまった。余談だが、被害者の男性は小用を扉をこじ開けて済ませたと、新聞には書かれていた。

 日本は地震国だから、エレベーターが止まる要因は他国よりも多いと考えた方がよさそうだ。エレベーターはたまに故障する乗り物だという認識が広まるにつれ、非常用備品の採用は増えるだろう。

 では、閉じ込め被害に遭わないために、利用者ができそうなことは何か。

 一つは、エレベーターへの乗車を避けることである。健脚の持ち主なら階段を使うという手段があるが、高層ビルではエレベーターを利用せざるを得ない。対策というよりも、ささやかな抵抗というべきか。

 もう一つは、「トラブルを減らせ」あるいは「短時間でトラブルを解消できるようにせよ」と皆で声を上げることである。もし、エレベーターのメーカーを選ぶ権限があるならば、トラブルの多い会社は採用しないという手もある。ただし、それには客観的なトラブル情報が必要だ。

 ケンプラッツが6月9日付で掲載した記事「大阪市がエレベーター閉じ込め率を会社別に公表」は、エレベーターのメーカーや管理会社に改善を促す効果が期待できるという点において、画期的な情報だ。大阪市の市有施設の2597基のエレベーターで、約5年の間に起きた閉じ込めトラブル発生率を、会社別に発表した。記事を見ていただければわかるが、メーカーによって閉じ込め率に大きな差がある。

 私自身、この表を見てから、エレベーターに乗るときにメーカーを確認するようになった。目的階が近いときは階段を使おうという気持ちも、以前に比べて強くなっている。同じビルに、いくつものメーカーのエレベーターが並んでいるのなら、閉じ込め率の低い銘柄を選んで乗りたい気持ちだ。でも現実にそんなビルはありえないから、閉じ込め率の高いメーカーのエレベーターに乗るときには、「もしかしたら、閉じ込められるかもしれない」と、小さな覚悟をする。

 自分がビルを建てる発注者になって、エレベーターのメーカーを選べるのなら、まず閉じ込め率の低い会社に声をかける。どうしても閉じ込め率の高いメーカーを採用せざるを得ない状況になったら、「あなたの会社の閉じ込め率が高いのはなぜか」と問い、「非常用備品は標準装備にしてね」と持ちかけるだろう。

 エレベーターのメーカーや管理会社には、データを基に安全力をアピールしてもらいたい。例えば「わが社は閉じ込め率が日本一低い。安全にお金をかけているから費用は高い」という説明があっていい。一方で「わが社はよく止まるけれど、緊急出動態勢がしっかりしているから長くは待たせません」なんて説明が出てくるかもしれない。

 閉じ込め率の高いメーカーには厳しい情報だが、改善に役立て、安全の競争をしてほしい。それと同時に、この種の情報が、大阪市以外の団体からも公表されることを望んでいる。