構造計算書偽造事件に端を発した改正建築基準法の施行から1年たった2008年6月20日、冬柴鐵三国土交通大臣は記者会見で、建築の着工数が落ち込んだことや国民経済に大きな影響を及ぼしたことを改めてわびたうえで、「引き続き頑張ってまいりたい」と述べた。

 ちょっと待った。頑張るって何を?(私の心の声)

 議事録の要旨だから細かいニュアンスはわからないのだが、私には何を頑張るのかが、わからなかった。法の円滑な運用によって、着工数を回復させることを頑張るのだろうか。

 大臣の頑張る発言にプチっとスイッチの入った私は、この1年間に国会で、改正建基法がどのように議論されているのかを調べてみることにした。幸い、いまは国会でのやり取りがネットで入手できる便利な時代。国会会議録検索システムのページを開いて、「改正建築基準法」と入力し、検索ボタンを押す。該当は57件だ。

 一覧表示を見るだけで、この問題の影響の大きさがわかる。衆参の本会議や国土交通委員会だけでなく、内閣、経済産業、財政金融、総務、議院運営などの委員会でも「改正建基法」という言葉が出ている。

 うんうん、当然だよな。

 ただ、該当ページを次々にクリックして、国会といえども常に深い議論をしているわけではないことがわかった。改正法の影響で着工数が落ち込んだ、あるいは、中小企業の経営にも悪影響が出ているといった説明が多い。最近では改正建基法による経済の影響が収束に向かうことを前向きに受け止める発言もあったりする。

 どうも、「着工数が回復すれば問題は解決」みたいな雰囲気が、国会の先生方の一部にはあるようだ。私たちが現場から聞いたのは、解決どころか深まる混乱の声なのだが。

 こんな思いを抱きながら、さらにクリックを続けると、強い危機意識をバックにした発言を見つけた。5月9日の衆議院経済産業委員会で、古川元久議員(民主党)が次のように述べている。

 「改正建築基準法の施行が経済に及ぼしている悪影響というものはまだ、これは収束したどころか、むしろその状況の深刻さというものがますます悪化しているのではないか」。

 これに対して、政府参考人である国土交通省の小川富由大臣官房審議官が答弁に立ち、あれこれと説明するのだが、古川議員は納得しない。

 「審議官、おわび申し上げますと言いながら、何かおわびしている感じが全然ないんですよね。現場のことが本当にわかっているのかどうか」と質問を続ける。

 いくつかやり取りがあって、小川審議官は言う。「今後とも、手続きが円滑に行われるよう、またそういうような問題が生じないように頑張ってまいりたいと思います」と。

 ああ、ここにもあった頑張る発言。

 古川議員はそれでも矛を収めない。関心のある方は会議録のページを見ていただくこととして、ここでは発言の一部を引用する。

 <そもそもこういう問題を起こしたのは国交省の政策のミスですよ。そういう状況がないかどうかをそちらから調べに行くというのが普通じゃないですか。自分たちで問題を起こしておいて、問題があるんだったら言ってください、言われれば対応しますよという、そんな受け身の対応で行政に対する信頼が回復できると思いますか>

 <改正建築基準法は、運用の弾力化とかそれだけじゃなくて、やはり早急に法律改正自体をもう一回考えるべきときに来ているんじゃないかと思いますけれども、まず国交省の方はどうですか>

 <この改正をして、結果どうなったかといったら、国民の安全といいますけれども、実際には政府の方が、役所の方が責任を問われなくてもいいような、官僚の安全を守るための法改正になっているんじゃないんですか、結果的に。そういう認識が世の中に広がっているというそれくらいの考え方を持っていかないと、ますます事態は深刻化すると私は思うんです>

 以上、引用終わり。

 私たちがケンプラッツ上で実施した改正建基法1年のアンケートでは、「再改正による抜本的な制度の見直し」を選択した人が全体の68%。「改正法の運用の柔軟化」が29%、「新たな対策は必要ない」は2%だった。

 国土交通省は、構造計算書偽造事件の再発を防止するという観点から建基法を改正した。ところが当の被害者のなかにも、改正建基法には疑問を呈している人がいる。事件の被害者で、このほど建て替え工事が完了したグランドステージ池上建て替え組合の日吉和彦理事長は、ケンプラッツの取材に「確認の厳格化より違反建築に厳罰を」と話している。

 副作用の強い「改正建基法」という薬によって身動きができないようにされ、建物を利用する人も、建築に携わる人も困っているというのが現状ではないのか。円滑な運用で本質的な問題が解決するのだろうか。

 改めて聞きたい。大臣、何を頑張るんですか?