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パソコン雑誌の経験で勘が働く

 予想通り翌朝、施工者が謝罪に来た。故意か否かについて説明はなかったものの、施工されかけのフローリングが契約したものと異なることは確定した。出勤前で慌しかったので、帰宅してから対策を練ることにした。

 こちら側がしておくべきは“証拠”の保全と撮影だ。ダンボールに入ったL-50のフローリングをしばらく室内に置いておくよう施工者に指示し、状況がわかるよう撮影しておいた。L-50のフローリングのうち1枚は、記録用として頂くことにした。

 相手を信用できなくなっているので、施工のディテールだけでなく、たばこの吸殻の始末などにも細かく注文をつけた。施工者あてに毎晩のようにファックスを送信するのは、相当しんどく、怒りを抑えるのも大変だった。

一度、張られたL-50のフローリングは、当然はがしてもらった。床にはクッション材が残っている (写真:KEN-Platz)
一度、張られたL-50のフローリングは、当然はがしてもらった。床にはクッション材が残っている (写真:KEN-Platz)
一度、張られたL-50のフローリングは、当然はがしてもらった。床にはクッション材が残っている (写真:KEN-Platz)

L-45(左)とL-50を並べて撮影 (写真:KEN-Platz)
L-45(左)とL-50を並べて撮影 (写真:KEN-Platz)

 なんとも後味の悪い工事だったが、とりあえず契約通りのフローリングが仕上がった。次は、請求書が来ることになっている。

 この件を友人たちに話すと、たいてい「工事費は当然タダだろ」という答えが返ってきた。しかし、値引きを要求するつもりはなかった。ずっと考えていたのは、社長に始末書を提出してもらうことだ。

 恐れていたのは、この事件が現場の担当者レベルでもみ消され、社内の記録に残らなくなることだった。同じ過ちを繰り返させないためにも、起きたことを上層部に認識させたかった。そもそも悪意がなくても問題だ。彼らが反省するきっかけになればよかったので、詳しい経緯を求める必要性は感じなかった。工事の担当者には社長の始末書がほしいとだけ伝えた。

 求めていた書類は、すんなりと出てきた。本社の人が出向いてくれるというので、職場の近くの喫茶店で会うことに。「お詫び」と題したA4判の書類を手渡してくれた後、しばらく雑談した。事件について特にこちらから突っ込むこともなく、15分ほどでその場はお開きになった。工事費を振り込み、すべてが終了した。

施工者に提出してもらった社長の名前が入った「お詫び」
施工者に提出してもらった社長の名前が入った「お詫び」

 それにしても、この事件は怖いと思った。フローリングの性能については、雑誌などで一般向けにも説明がなされていたものの、性能の差を素人が体感することは難しい。L値に頼らざるをえないのだ。施工してしまえばL値がいくつなのかがわからなくなり、“完全犯罪”を許してしまいやすい。

 実は、型番を頼りに偽装の疑いを見破ることができたのには、わけがある。当時「日経ベストPC」という、パソコン購入予定者のための雑誌の編集部に在籍していた。パソコン業界の現場の人たちは、パソコンをブランド名で呼ばず、もっぱら型番で呼んでいた。CPU(中央演算処理装置)の性能が300MHzであれば「VC30H」、333MHzであれば「VC33H」といった具合に、型番の数字は性能を表していた。フローリングの型番にも同様の法則があることに気付きやすかった。

実害はなかったかもしれないが契約上は問題

 衝撃音は階下に伝わりやすいので、フローリングの性能がどうであれ、なるべく静かに生活するよう心がけただろう。もしかすると、L-45ではなくL-50が施工されても、階下に伝わる衝撃音はそれほど変わらず、実害が及ばなかったかもしれない。

 しかし、契約ではL-45を使うよう決めた。L-45でなければ、故意であるか否かに関係なく契約違反なのだ。契約金額にはL-45なりの単価が示されているのである。

 合い見積もりこそ取ったものの、工事の前にも後にも値引き交渉はしていない。もし、施工者がこの工事で儲けたいと考えていたのであれば、L-45の単価を高く設定して見積もりを出し、L-50を使用した場合の対案も提示するといった手があっただろう。予算が限られていたので、L-50で契約していたかもしれない。であれば、お互い嫌な思いをしなくて済んだ。

 いま建築界には様々な面で無理が生じており、実務者の苦労には頭が下がる。しかし、理由がなんであれ、消費者を裏切る行為だけはやめてほしいものだ。