クラウドサービスは、基本的に複数のユーザーが標準化されたサービスを利用することによって様々な「知」(ナレッジ)を集積・活用できるメリットがある。今回は、こうした「知」を集積・活用している不動産業界の2つのクラウドサービス事例と、地域住民が参画する提案を紹介する。
全米の不動産情報を集積・提供するCoStar社
まず紹介するのは、全米の膨大な不動産データを収集・分析し、様々なステークホルダーに「知」を提供している米国CoStar社の事例だ。
CoStar社は、収益不動産の分析、マーケティング情報の提供において世界のリーダー的存在である。1987年創業のCoStarは、収益不動産に関する包括的で最大のデータベース(約280万物件)を日々更新しつつ運営している。CoStarはワシントンDCに本社を構え、欧米諸国に事務所を持ち世界中に1500人ほどの従業員を抱えている。このうち、約1000人がリサーチ組織の人員であり、これは業界最大規模である。同社のリサーチ組織では毎年、全米の50万物件の不動産を調査し100万点の写真を撮影している。
CoStarの一連のオンラインサービスによって、クライアントは収益不動産の価格、市況、供給状態に関する情報を得る事が出来る。不動産の専門家は、鑑定評価、最新の不動産情報の入手、市場および資産の分析、およびインターネットによる販売支援にCoStarを活用している。
以下にCoStarが提供するサービスを紹介する。
■不動産検索
CoStarは、様々なタイプの不動産について米国の140以上の市場のデータベースを管理している。クライアントは、不動産情報の分析結果を活用する事により、不動産取引を円滑に進めることができる。
■不動産営業
不動産売買や賃貸に関する最も機能的で活発なマーケットプレースを提供している。 取引業者はインターネットを通じて必要な時にいつでも不動産情報を提供する事ができる。CoStarの提供するデータベースとリンクする事により、取引業者は低コストで正確な最新の不動産情報を顧客に提供することが可能となる。
さらにCoStarは、取引業者の不動産取引情報を収集しCoStarのデータベースで共有することにより、不動産業界の「知」が集積・活用される。
■不動産評価
取引業者は、不動産情報に関する公正な評価を利用することにより様々なリスクを低減することが出来る。提供される不動産情報は、不動産に関する様々な問い合わせ、契約の満期、サブリース等をモニタリングした結果が集約される。さらに不動産や市況の予測も提供する。これらの情報は、不動産を取り扱う専門家へのベンチマークとして高い信頼性を確保している。
クラウド型のプラットフォーム(PaaS)の活用
クラウドサービスをさらに進化させる方法として、業界の標準的なのクラウド型のプラットフォーム(PaaS)を基盤として活用する方法も広まっている。PaaSには、第11回の後半で紹介した業界の標準的なナレッジやユーザー企業の標準的なナレッジが反映され組み込まれている。これを基盤とし活用することは即ち"集合知"を活用することとなり、結果として迅速、安価に高品質なサービスを開始することが可能となる。企業間あるいはグローバルな連携を実現する情報システムの構築には、高度なセキュリティの確保や災害対応を含む事業継続(BC)が求められる。従来の手法このような課題に対応するのは困難であったが、基盤の確立したPaaSの活用はこれらの対応を可能とするものである。
これを実現する方法として、クラウドサービスを提供する一つの方法として、既存のクラウド型のプラットフォーム(PaaS)を活用して迅速、安価に高品質なサービスを開始する手法が広まっている。
建設・不動産分野においては、三菱地所グループが、国内隋一の不動産統合管理システムであるプロパティデータバンク※の『@property』の資産基本情報、資産基本情報管理、ポートフォリオ分析などの基本機能をベースに、CRE戦略支援パッケージ『CRE@M』をクラウドサービスとして提供している。
具体的には、不動産管理に関わる標準的な機能を網羅した『@property』をプラットフォームとして活用し、三菱地所グループが保有するCRE戦略に関するCRE戦略立案支援、土地・建物の簡易デューデリジェンス、ファシリティの簡易診断といった独自のノウハウを追加しクラウド型のワンストップサービスとして提供している。
※CRE:Corporate Real Estateの略で、「企業が事業を継続していくために保有もしくは賃借している全ての不動産」のこと。
ソーシャルメディアを活用した住民参加型施設管理システムの構築
前橋工科大学工学部建築学科の堤洋樹准教授が提案している「住民参加型施設管理システム」は、厳しい財政状況下で継続的に施設の品質を確保するために、ソーシャルメディアなどで普及している情報共有の手法を活用する取り組みとして注目されている。
この「住民参加型施設管理システム」のキーワードは「つくるからつかう」への転換である。インターネットを通じて文字、画像、音声等を個人や組織が双方向性をもって共有できるtwitterやfacebookに代表されるソーシャルメディアを活用するアイデアだ。
■公共施設に管理に住民参加の仕組みを
堤准教授は、「これまでの公共施設管理は、自治体の職員が管理・運用・責任の全てを負っていたが、少子高齢化に伴う財政状況の悪化や既存ストックの劣化の進行などの課題に対して、発想の転換が必要ではないか?」との疑問を抱いた。そして、自治体による公共施設の管理・運用に住民が参加するシステムを構築し、公共サービスの質の向上と財政負担の提言を両立する仕組みが必要になってくると考えた。
■「住民参加型施設管理システム」構築のステップ
堤准教授は、施設管理情報の公開を前提とした施設管理システムの構築に加え、公開情報を活用した効率的な施設管理とリスク回避の実現を目指し、住民から自治体への情報提供を行う形で施設管理業務に住民が参加することを提案している。
具体的なシステム構築は、以下のステップを想定している。
(1)施設の損傷、汚れ、不便さといったモニタリング・スクリーニング段階に自治体の職員だけでなく、住民が公共施設を利用した際に気になる個所や不具合をWebを通じて報告する仕組みを構築する。
(2)住民からの情報を、不具合程度・個所の特定、点検・改修の必要性や優先順位などを自動的に判定する仕組みに取り込む。
(3)蓄積されたデータを複数の近隣自治体で共有し、施設の相互利用や統廃合などの検討に活用する。
自治体の枠を超えた連携を目指して
公共サービスを利用する住民の立場からすれば、自治体の境界に関係なく近隣の施設を利用できることにより利便性が向上する。このような視点で公共サービスを捉えると、サービスを提供する施設については、自治体の枠を超えた施設の新設。更新・統廃合の検討の必要性は明らかである。
下図は、自治体の枠を超えた公共施設活用のイメージを示したものである。住民が図書館、体育館などの施設を利用する際には、自治体の枠に関わらずに利用しやすい施設、あるいは快適な施設を選択するのが一般である。
このような住民の行動を把握するためには、自治体の枠を超えて住民の声を集約する連携が不可欠である。しかし、これまで自治体Aでは、自治体Bや自治体Cの住民の声を広く集めるのは難しかった。自治体間で「住民参加型施設管理システム」を共同運営すれば、利用者の声を様々な場面で集めることができる。
こうして集めた意見は他自治体施設との相互利用の検討の参考にもなる。さらに、自治体の職員が日常的に他の自治体の施設の状況を把握し、共有のデータベースにデータを保存していおくことによって、災害時などの代替施設としての活用の円滑化にも貢献できる。
本コラムでは、3つの事例を通じて建設・不動産クラウドの新しいビジネスモデル、公共サービスのあり方を展望した。今後も、業界、地域住民の「知」を集約・活用するクラウドが発展するフィールドは大きく広がって行くであろう。
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