クラウドベースのITインフラが建設分野に定着しつつある。クラウドは「情報を一元管理する技術」「繋ぐ技術」で、これまでのITの導入効果を大きく上回る能力を秘めている。
建設分野は、(1)プロジェクト型の業務が主で、(2)協力会社が流動的、(3)作業場所がプロジェクトごとに変わるという特徴から、協力会社を巻き込んだ生産体制全体に作用するシステムを導入しにくい業態であった。ところが、むしろその制約がクラウドに適合し、クラウドを最も早く受け入れた業界の一つとなった。
本コラムでは、クラウドを活用して「これまでなし得なかったことをなし得るようになった」事例を紹介し、今後の活用の方向性を探っていく。今回(第3回)はまず、業界プラットフォーム化したクラウド事例を紹介する。これを皮切りに、第4回は効率化と施工品質の確保に貢献している事例、第5回は既存業務をクラウド化した事例などを紹介していく。
業界プラットフォーム誕生の背景
建設業は、その業態から受注生産・個別生産の産業であり、大量生産が可能な他の製造業に比べて生産性の低さが指摘されてきた。そこで、建設業における生産性の改善を目指し、官民が協調してITの活用のための制度作りを進めてきた。2001年施行のIT書面一括法をはじめ種々の法的な整備も進められ、また、建築生産に関わるさまざまな企業間の情報交換を実現するための仕組みとしてCI-NETが制定された(国土交通省「建設業におけるITの活用について」)。
これらを背景として、ゼネコン各社ではITを用いた業務処理の効率化の機運が高まり、業界で共通に利用できるEDI(Electronic Data Interchange)基盤の構築への取り組みが始まった。
ゼネコン側では各社ごとにシステムを構築することは可能であったが、受発注データの交換を行う場合は受注者となる協力会社のシステム対応も必須となった。しかしながら協力会社は、企業規模も千差万別で、小規模な会社がみずからシステムを準備することは難しい状況であった。
建設業界を繋ぐ業界プラットフォームは、CI-NETという標準規格に基づき、協力会社側に一連の商取引の業務処理サービスを提供するところから端を発したのである。
建設業界を繋ぐ業界プラットフォームに準拠したクラウドサービスを利用することで、協力会社は自社のパソコンからインターネット経由で、見積の提出から注文書・請書による契約、そして月々の出来高に基づく請求書の提出までの一連の商取引を共通的な処理手順でゼネコン各社と行うことが可能となった。こうして業界全体としてクラウドの普及・展開が推進されていった。
業界プラットフォームとしてのクラウド事例(1)--CIWEB
コンストラクション・イーシー・ドットコムが提供する電子商取引サービス「CIWEB」は、CI-NETに準拠した協力会社向けサービスとして、2002年9月から運用を開始した。現在では7600社を超える協力会社に、年間での注文書保管(原本を10年間)件数が36万件以上の規模で利用されている。ゼネコン各社との取引業務に対応でき、電子化による正確性の向上とともに、書類の受け渡しなどでゼネコンまで出向く必要もなくなって即時性も上がり、効率的な取引業務が実現している。さらに電子契約により注文請書に貼付する収入印紙が不要となるため、印紙税の節減効果もある。
また、国土交通省が徹底を求める法令遵守のための「建設業法令遵守ガイドライン」に規定のある「契約は下請工事の着工前に書面で行うこと」「必要な見積期間の確保」などについても、電子商取引を適用することにより、「取引手続きの透明化」や「必要な契約処理の履行」の効果が見込める。業務処理の生産性向上だけでなく法令遵守を確実に行うためもあり、建設業の調達業務は、紙から業界プラットフォームに準拠した電子データへと変革が着実に進められている。
業界プラットフォームとしてのクラウド事例(2)--グリーンサイト
三菱商事が2005年から提供開始した「グリーンサイト」 は、建設業法により元請建設会社に作成が義務付けられた施工体制台帳・施工体系図などの労務・安全衛生に関する管理書類(通称"グリーンファイル")を電子的に作成・管理するための仕組みである。現在、大成建設・清水建設・大林組・鹿島建設など20社以上の元請会社にて利用され、協力会社のユーザーも1万3000社を超える。
施工体制台帳は、施工体制の確認のため、建設業法において下請契約の請負代金の合計が3000万円以上(建築一式工事の場合は4500万円以上)となる工事について、元請建設会社が下請協力会社の名称や工事内容その他国土交通省令で定める事項を記載し工事現場に備え置くことが求められている管理帳票だ。
協力会社の名称・工事内容、作業員の免許・資格などの情報については、当該協力会社から元請会社に提出されることが通常だが、施工体制台帳への記載項目は元請各社で同一であるにもかかわらず、書式は異なる。そのため協力会社は元請会社に合わせて帳票を準備・記載を行う必要がある。また元請会社は協力会社の書類をチェックし、記載漏れや不備などについて修正指示を行う等の対応が必要になる。紙面での運用におけるこれらの課題を電子化により解決したのが「グリーンサイト」であり、元請会社と協力会社の双方で、業務効率向上・管理品質向上など、以下のようなメリットがある。
- 「グリーンサイト」を導入している大手元請建設会社については、各社の帳票にて施工体制台帳を簡単に作成可能(「グリーンサイト」で各社のフォーマットの違いを吸収。協力会社側では、提出する元請ごとに大きく異なる操作は必要とせずに、各社書式で施工体制台帳を作成できる)。
- 誤記や未記入事項については、作成時にエラーとなり、元請提出前に訂正できる。
- 協力会社の労務安全書類の提出・未提出状況が一覧できる。
- 書式上の不備・記載漏れのある書類は提出されないため、本来管理すべき記載事項のチェックが可能。
これら効果により、現場事務作業の1割を占める労務安全書類関連の業務について、3割から5割程度の削減が期待できる。
まとめ:業界プラットフォームとなり得るもの
今回紹介した2事例は、いずれも建設業を営む上で必要となる業務を取り扱い、コンプライアンス対応にも資する仕組みである。これらプラットフォームで取り扱う業務は、元請・下請のいずれも差別化の源泉となる部分が少なく、省力化・効率化を目指す分野が適している。ネットワーク外部性(利用者数や利用頻度が増えるほど、1利用者にとっての価値が増加する現象)が存在するクラウドサービスにより、これら業務の支援機能が提供されることで、利用者数が増加するに従い業界全体の生産性を高める効果が現れている。
今後新たなコンプライアンス施策への対応が求められる場合でも、クラウドサービス側で、クラウドの機能として対応が行われることで、ユーザーごとにシステムを変更するなどの個別対応は少なくなり、費用対効果もさらに高まることが見込まれる。
▼執筆:秋山 光輝(三菱商事 コンサルティング事業ユニット 部長代理) |