ストック社会におけるインフラ管理の高度化、スマートコミュニティ、パッケージ型のインフラ輸出といった新たな潮流とも関連して、前回のコラムでは、建設・不動産分野における「クラウドがインフラとして果たす役割」について概観した。今回は、社会インフラとしてのクラウドのもう一つの姿である「業界プラットフォーム」としての役割と可能性について概観する。

「業界プラットフォーム」とは

 そもそも、クラウドの「業界プラットフォーム」とは何を意味するのだろうか。

 土台(基盤)という概念を表す「プラットフォーム」という言葉は、コンピュータにおいては、主にオペレーティングシステム(OS)、ハードウエア、共通のソフトウエアコンポーネントや開発実行環境といった、ソフトウエアが動作するための基礎部分のことを指すのが一般的だ。最近では、クラウド技術によりこのプラットフォームを提供するサービスも増加しており、下図におけるPaaS(Platform as a Service)がそれに相当する。

クラウドコンピューティングのイメージ図(資料:ASPIC「ASP・SaaS白書2009/2010」)

 例えば、ある業界において共通のプラットフォームを利用すれば、各企業は業界に特有かつ共通的な基盤部分を個別に開発する必要がなくなり、その分のコストを削減することができる。プラットフォーム共有化のメリットは、コスト削減、パフォーマンスの最適化、TCO(*1)の削減などであり、ひいては経営スピードの向上にもつながる。

 建設・不動産業界の場合、図面・工事写真・工程表などのプロジェクト管理情報、見積・注文・請求業務などの受発注管理情報や不動産管理情報といった、個々の事業者間で行われる膨大な情報の共有、あるいはやり取りを、クラウドが実現する共通のアプリケーションで行うことができれば、多大な業務効率化やコスト削減につながるだろう。

*1 Total Cost of Ownership:コンピュータシステムの導入、維持・管理などにかかる費用の総額。

クラウドが建設・不動産業界のプラットフォームとして果たす役割

 元来、建設・不動産業界は、その特徴的な業界構造により、プラットフォーム化になじみやすい業界といえる。建設業界は、プロジェクト型の業務が主であり、大手ゼネコンを頂点に協力会社と呼ばれる下請けの中小事業者が連なるツリー構造となっているが、大手ゼネコンの立場からは、これら下請け事業者との取引やプロジェクトをすべて管理する必要がある。そして、ゼネコンが全国各地の膨大な数の受発注業務やプロジェクトの情報管理をリアルタイムで一元的に行える情報システムを構築することで、この管理業務を効率化することができる。

 しかし、各ゼネコンごとに個別のシステムが動いていると、ゼネコンから業務を受注する中小企業は、ゼネコン各社のシステムに個別対応しなくてはならない。共通のプラットフォームがあれば、中小企業側が対ゼネコン向けの事務作業などの業務も効率化できる(ゼネコンにとっても、うまく活用すればTCOの削減などにつながる)。

【仕事の機会を得る】

 既に建設業界で動いている共通プラットフォームもある。例えば「CIWEB」というクラウドサービスがそうだ(*2)。見積・注文業務などの取引業務を電子化することで、業務効率化、コスト削減を実現するというものだ。従来は下請け事業者が、発注者であるゼネコン各社と個別に行っていた、見積依頼/回答、注文/注文請、出来高報告・請求/確認業務といった業界に特有かつ共通的な取引業務を、CIWEBという業界横断のクラウドサービス(プラットフォーム)を介して電子的に行うことができる。

 CIWEBは建設業界におけるEDI(*3)標準に対応した業界プラットフォームであり、これを利用することにより、業務を受注する側の中小事業者は、規模の大小に係らず、同等のIT環境を活用し、大手ゼネコンが主催するプロジェクトに参加する機会を得ることができる。

 下請けの中小事業者は、インターネット接続パソコンさえあれば本サービスを利用することができ、新たなシステムの導入やソフトの維持管理は不要である。また、バージョンアップについてもIT事業者側が一括で行うため、個別対応が不要となる。中小事業者にとっては、システム投資コストの負担軽減の面からも、これをクラウドで実現する意義は大きい。「大手企業のIT投資についていけない中小企業」という図式が大幅に回避されることになり、皆が「仕事の機会を得る」という意味で、ここにクラウドによる業界プラットフォームの一つの役割が見出される。

*2 CCIWEBの詳細については、次回以降のコラムにて紹介する予定。
*3 EDI(Electronic Data Interchange):商取引に関する情報を標準的な書式に統一して、企業間で電子的に交換する仕組みのこと。

【地域におけるストックマネジメントの共有化】

 東日本大震災を契機に、企業の事業継続性(BCP:Business Continuity Plan)の強化と、住民・行政・企業を含めた地域全体の継続性のマネジメント(DCM:District Continuity Management)への貢献が最重要課題となっている。将来的な備えとして、自社のBCPを強化し、必要な対策を講じることは重要であるが、今般の震災などの大規模災害時には、個々の企業の活動だけでは解決できない課題も想定される。

 不動産という観点での大規模災害時の課題も同様だ。これまで個々の行政機関や企業は、自らが保有する不動産(ストック)の情報を「見える化」する活動を、それぞれ個別に進めてきた。これを地域全体の活動として発展させ、地域の住民・行政・企業の連携による地域防災力、緊急時対応力の向上を目指す必要がある。

 そのためには、個々の企業の不動産情報を、地域、あるいは広域で共有するためのプラットフォームが必要である。つまり、情報を共有するためのアプリケーション(ソフトウエア)が動作するための基盤としてのプラットフォームが必要となるが、その場合、被災地域の情報管理を遠隔の被災していない地域で行うなど、地域間連携によるリスク分散などの検討も必要だ。その実現にはクラウドの活用が必須と考えられる。

 地域、あるいは都市の継続性を考えたとき、その地域のストックの情報すべてをマネジメントするための基盤としての、業界プラットフォームの役割は重要になってくるといえよう。

 次回以降、クラウドベースのインフラが、建設・不動産分野にどのような「革命」をもたらしつつあるのか、具体的事例を交えて解説していく。

▼執筆:鏡 晴子(NTTデータ経営研究所 ソーシャルイノベーションコンサルティング本部)
清水建設株式会社経営企画部門にてシンクタンク業務に従事後、2001年8月より現職。主に公共分野の調査及び政策提言を行っている。
▼監修:ASP・SaaS・クラウド コンソーシアム(ASPIC)
1999年に設立、2002年にNPO法人化。ASP・SaaS・クラウドの利用促進や市場拡大に向けた活動および情報発信、提言などを行っている。現在の会員数は約180社。「建設・不動産研究会」では、当該分野への有効性や競争力強化手法などを検討し、共同提言や共同プロモーションなどを企画・実践している。2011年9月6日に建設・不動産 クラウドシンポジウム2011を開催。