あらゆる情報活用分野において、クラウドコンピューティングの有効性が言われている。建設・不動産分野における情報活用においても、それは例外ではない。

 クラウドコンピューティング(以下、クラウド)という言葉は様々な意味で使われているが、「クラウドコンピューティングとは、最小限の管理労力やサービス提供者とのやりとりで迅速に供給することができる、設定変更が可能なネットワーク、サーバー、ストレージ、アプリケーション、サービスなどの計算機資源の共有プールに対し、簡便かつオンデマンドなネットワーク経由でのアクセスを実現するモデルである」(*1)と説明されることが多い。

 クラウドについては、ハードウエアリソースなどの効率化の面ばかりが語られがちであるが、ASP・SaaS・クラウド コンソーシアム(ASPIC)ではこれらを前提として提供されるアプリケーションサービスこそが、クラウドの中核を成していると考えている。

 このサービスは、利用者が事業者のサーバーにインターネットなどを経由してアクセスし、アプリケーション・ソフトウエアをサービスとして利用する仕組みだ。利用者はライセンス(使用権)を買い取らず、利用料や期間に応じて料金を事業者へ支払う。グループウエア、財務会計ソフトなど多くの分野でサービスが提供されている。

クラウドにおけるアプリケーションサービスの基本的な仕組み(資料:ASPIC)
クラウドにおけるアプリケーションサービスの基本的な仕組み(資料:ASPIC)

*1 本稿では、"The NIST Definition of Cloud Computing (Draft)"(dJan.2011) P2のものを紹介した。なおASP・SaaS・クラウド コンソーシアム(ASPIC)におけるクラウドの定義については、http://www.aspicjapan.org/cloud/index.htmlを参照。

建設・不動産分野における情報特性とクラウド利用

 一般に、建設・不動産分野で取り扱う情報については、下表のような5つの特性がある。

建設・不動産分野で取り扱う情報の特性(資料:NTTデータ経営研究所)
建設・不動産分野で取り扱う情報の特性(資料:NTTデータ経営研究所)

 こうした情報の特性から考えると、建設・不動産分野では、クラウドを用いたソリューションが有効であると考えられる。

 クラウドを活用することで、膨大な情報であっても、機器の容量などハードウエアの条件に縛られることなく、ネットワーク経由でデータセンターなどに保管できる。また利用者は、ネットワークを通じて、場所を選ばず、必要なセキュリティの下で情報を利用できるので、建設事業者や、監督機関、検査事業者、発注者などステークホルダーがそれぞれの環境で情報を利用できるようになる。

 複数の当事者で同一の図面情報などを多重に管理している場合には、同一の情報を共同利用することで、どの利用者も最新の情報を効率的に利用・管理することが可能だ。同じデータを複数組織の当事者がそれぞれ所持・管理するという非効率も解消できる。さらに、長期にわたる建設・不動産情報の保存が必要な場合、その保管業務を担う当事者の負担についても大幅な軽減が期待できる。

 このように、建設・不動産分野における情報の高度利用は、本来的にクラウド利用になじみやすい特性を有している。

建設・不動産分野を取り巻く状況の変化とクラウド利用

 昨今の建設・不動産分野の環境変化に伴う業務上の新たな要請に応えるには、クラウドの活用が不可欠となりそうだ。「新たな要請」とは、ここまで本稿で説明してきた「情報の高度利用」のほか、以下のような例が代表的といえる。

(1)インフラ・建築物管理の高度化

 インフラや建築物における管理の重要性は、これまで以上に高まってくる。我が国で整備されているインフラや建築物の中には、すでに完成から長期間経過しているものも多い。これらについては、政府の新成長戦略でも、「社会資本の戦略的維持管理等」として重要性が謳(うた)われているが、今後一層きめ細やかな管理が求められるであろう。

 またインフラ整備という観点では、既に厳しい状況にある我が国の財政の歳出項目は、今後一層、社会保障費などのフロー支出にシフトすることが予想されており、新規のストックに充てる財資の拡充は今後とも厳しい状況である。このため、既存ストックに対して高度なマネジメントを行い、活用の効率性を高めながら、必要な範囲で新規ストックのための投資を行うことが求められている。

 さらに、世界的な化石燃料の高騰や、東日本大震災以降の電力供給のひっ迫の状況などから、インフラや建築物においては省資源対応が求められている。こうした要請に応えるためには、必要に応じて常時モニタリングを行うなど、管理の高度化を進める必要がある。

(2)災害に強いインフラ・建築物整備の支援

 東日本大震災以降、災害に強いインフラの整備やまちづくりなどについて、これまで以上に活発な議論ががなされ、スマートコミュニティなどの新しい社会インフラの構築などの提案も進んでいる。スマートコミュニティを実現するためには、地域全体を対象としたインフラ・マネジメントを可視的に行うことが必要となる。

 また大規模災害の発生を想定したリスクマネジメントも、これまで以上に重要視されている。災害発生直後の緊急時対応、および短期、中期、長期のレンジに応じた事業復旧計画や地域復旧計画の確実な遂行が求められる。

 これを実現するためには、災害時においても適切にインフラや建築物のようなハードのモニタリングを行うとともに、避難や収容などの緊急時対応というソフトを一体的に実行する必要がある。そのためには、遠隔でのモニタリング対応と、緊急時の地域レベルでの情報共有体制が重要となる。

(3)パッケージ型インフラ輸出の支援

 政府は、新成長戦略の一つとして、「パッケージ型インフラの海外展開」を挙げている。これは、社会インフラをパッケージ化し、新興国をはじめとする諸外国へ展開することにより、ビジネス機会を創出するのが狙いである。インフラをパッケージ化するにあたっては、ハードのみならずソフトの部分、特に管理システムが重要である。

 度な管理システムが支えている我が国のインフラの「安心・安全」は、海外からの評価が高い。このようなソフト部分の技術の移転には時間を要することから、必要に応じて輸出元である我が国において情報収集した結果を遠隔的に分析を行う、あるいはアジアの各国間とで地域共同型管理スキームを構築するなど、様々な展開も想定される。

 これら建設・不動産分野をとりまく新しい要請に対しては、クラウドを活用することで課題への対応や産業の高度化を促すことが期待できる。下図は、「情報の高度利用」「インフラ・建築物管理の高度化」「災害に強いインフラ・建築物整備の支援」「パッケージ型インフラ輸出の支援」について、クラウド活用によって期待できるメリットをそれぞれまとめたものだ。

建設・不動産分野の業務上の新たな要請とクラウド活用の姿(資料:NTTデータ経営研究所)
建設・不動産分野の業務上の新たな要請とクラウド活用の姿(資料:NTTデータ経営研究所)

 このように、クラウドを広く活用することにより、建設・不動産分野における業務効率化やイノベーションの新しい展開の道が見えてきている。次回以降は、建設・不動産分野における建設・不動産クラウドのあり方についての提言や事例について紹介していく。

▼執筆:田中 理視(NTTデータ経営研究所 ソーシャルイノベーションコンサルティング本部)
三井情報において17年間のシンクタンク業務などを経て、2007年12月より現職。主に不動産関係の情報化に関する業務に従事。
▼監修:ASP・SaaS・クラウド コンソーシアム(ASPIC)
1999年に設立、2002年にNPO法人化。ASP・SaaS・クラウドの利用促進や市場拡大に向けた活動および情報発信、提言などを行っている。現在の会員数は約180社。「建設・不動産研究会」では、当該分野への有効性や競争力強化手法などを検討し、共同提言や共同プロモーションなどを企画・実践している。