コンピューター任せのデザインは美しくない

 アルゴリズミックデザインというと「コンピューターによって人間では不可能なデザインを創り出す手法」といった説明がなされることも多い。しかし斎藤氏は「完全にコンピューター任せ、または完全に自然のままというデザインはあまり美しくない」という持論を持っている。設計者が介在してこそのアルゴリズミックデザインというわけだ。

 最近、斎藤氏は、東京大学大学院情報学環の学術研究棟のファサードデザインに取り組んだ。

 2014年3月に完成予定の建物は地下2階、地上3階建ての鉄骨造で、構内通路側のファサードには、不燃処理を行った杉板をウロコ状に配置する。使用する杉板は4種類だが、板の配置や左右の出っ張りをランダムに行う。

東京大学大学院情報学環の学術研究棟の完成予想図。ファサードには不燃処理した杉板をランダムに並べたデザインを採用している(資料:隈研吾建築都市設計事務所)
東京大学大学院情報学環の学術研究棟の完成予想図。ファサードには不燃処理した杉板をランダムに並べたデザインを採用している(資料:隈研吾建築都市設計事務所)


 このデザインにグラスホッパーを使ったと聞けば、「なるほど、これらの板の取り付け位置などをコンピューターで自動的に決めたのだな」と想像する人が多いだろう。しかし、斎藤氏のアイデアは、設計者が1枚1枚、杉板を配置する作業を楽にするアルゴリズムの使い方だったのだ。

 「普通のBIMソフトなどで、杉板1枚ずつに角度を付けたり、配置していったりするのには非常に手間がかかる。また、杉板の種類や配置方法によっては干渉問題も生じ、これを解決するのも大変だ。こうした作業を効率化するためにグラスホッパーを使った」と斎藤氏は説明する。

 例えば、1~4の数字を順番に入力するだけで画面上に杉板の画像が配置され、杉板の左右をクリックすれば、クリックした側が手前に出っ張る、といった簡略化した操作で配置の調整ができるようにしたのだ。そして干渉チェックの機能もプログラムで組み、配置の調整と並行して行えるようにした。

杉板を1枚ずつ並べ、出っ張りを調整する作業を効率化するために使ったグラスホッパーの画面(資料:隈研吾建築都市設計事務所)
杉板を1枚ずつ並べ、出っ張りを調整する作業を効率化するために使ったグラスホッパーの画面(資料:隈研吾建築都市設計事務所)

 これらのプログラムは、乾電池のような形で表現された「コンポーネント」と呼ばれるプログラム部品をグラスホッパーの画面上に並べてつなぐだけでつくれる。各コンポーネントはあるルールに従って情報処理を行う機能がまとめられており、データの入力部分、情報処理部分、データの出力部分からなる。

 グラスホッパーのプログラムは、情報処理に必要なコンポーネントを選んで並べ、フローチャートのように線でつないでいくだけで簡単に作れる。BasicやC言語などのように、テキストでコマンドを1行ずつ書いていくような難しさはない。

 「自分で作ったプログラムをネットで公開している人も多く、ほかの設計者から送ってもらうこともある。これらのプログラムを探してきて、少し改造するだけで目的の機能を発揮させることもできるので、BIMよりもずっと簡単だ」(斎藤氏)。

 コンポーネント自体は、C#などのプログラミング言語で記述されている。斎藤氏はコンポーネントを作れるほどの知識はないと言うが、グラスホッパーを自分の業務に使うには特に支障は感じていない。

オランダの建築家、Giulio Piacentino氏のウェブサイト。自作のコンポーネントを多数公開している(資料:Giulio Piacentino)
オランダの建築家、Giulio Piacentino氏のウェブサイト。自作のコンポーネントを多数公開している(資料:Giulio Piacentino)

乾電池のような形をしたコンポーネントの内部(資料:Giulio Piacentino)
乾電池のような形をしたコンポーネントの内部(資料:Giulio Piacentino)

隈研吾建築都市設計事務所でかかわってきた作品の制作過程を説明する斎藤氏(写真:家入龍太)
隈研吾建築都市設計事務所でかかわってきた作品の制作過程を説明する斎藤氏(写真:家入龍太)


 これまで筆者は、アルゴリズミックデザインはBIMを一通りマスターした後に、さらに意匠性を追求するために取り組むものだというイメージをずっと持っていた。しかし、隈研吾建築都市設計事務所でのアルゴリズミックデザイン活用を目にすると、「BIMよりも短期間で使いこなせ、すぐに結果が出せるツール」という印象を持った。そして、デザインを創り出すだけの道具ではなく、模型制作や干渉チェックといった泥くさい設計業務を効率化するツールとしても活用できることを実感した。

 先日、行われた東京の新国立競技場のコンペで最優秀賞を獲得した英国のザハ・ハディド アーキテクトの流線形のクルマのような作品に衝撃を受け、設計業務におけるアルゴリズミックデザインの活用を検討し始めた建築設計事務所や建設会社も多いようだ。この新しいツールを組織として活用するために、斎藤氏が行ってきたプログラムづくりとデザイン検討の分業化は、大いに参考になりそうだ。

家入龍太(いえいり・りょうた)
家入龍太(いえいり・りょうた) 1985年、京都大学大学院を修了し日本鋼管(現・JFE)入社。1989年、日経BP社に入社。日経コンストラクション副編集長やケンプラッツ初代編集長などを務め、2006年、ケンプラッツ上にブログサイト「イエイリ建設ITラボ」を開設。2010年、フリーランスの建設ITジャーナリストに。IT活用による建設産業の成長戦略を追求している。
家入龍太の公式ブログ「建設ITワールド」は、http://www.ieiri-lab.jp/ツイッターやfacebookでも発言している。

<訂正>
3ページ目の隈氏の意向についての記述に誤りがあり訂正しました。また、「住宅」を「店舗」に訂正しました。(2013年3月7日15時20分)