イエイリ建設IT戦略

いよいよ国も本気に!? 土木分野でのBIM活用

2012/04/25

社会インフラが老朽化し、巨大地震災害のリスクが高まる一方、日本の財政事情は年々厳しくなり、少子高齢化も進んでいく――こうした課題が山積する中、日本の公共土木事業には、計画から設計、施工、維持管理にわたる建設生産システムを改革し、生産性を高めることが求められている。その切り札として「BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)」の活用が浮上した。1990年代から実施された「CALS/EC」の成功と失敗を踏まえ、国土交通省の幹部がその構想を語った。

 これからの公共土木事業は難問だらけだ。公共投資の源泉となる日本の財政事情は年々厳しくなり、建設業を支える人材も高齢化が進んでいく。その一方で、東日本大震災の復旧・復興事業や東海・東南海・南海地震による巨大津波への対策、老朽化しつつある社会インフラの改修、地球環境問題への対応などを行っていかなければならない。

 こうした状況下で、公共土木事業の生産性向上が、これまで以上に強く求められている。その切り札として浮上したのが「土木のBIM」だった。

国交省技監が「土木のBIM」導入を訴える。

 4月13日、東京・麹町で開催された日本建設情報総合センター(JACIC)主催のセミナー、「CALSの15年を振り返り、新たなステージへ~建設生産システムのイノベーションに向けて~」の会場は、約250人の参加者でぎっしりと埋まった。

 壇上に立った国土交通省技監の佐藤直良氏は「CIMのススメ~建設生産システムのイノベーションに向けて」と題する基調講演の中でこう訴えた。

 「15年前に取り組みが始まったCALS/ECの狙いもBIMと同じだった。しかし、土木事業の生産システムは、設計と施工の間でブツ切りになっている。そろそろ、土木分野でもBIMの発想を発展させて、建築と土木を一体として生産性向上を図っていくべきだ」

佐藤氏は、建築分野で導入されたBIMの効果や、新宿労働総合庁舎や海上保安庁海洋情報部庁舎などでのBIM導入事例を紹介し、「BIMで一番大切な役割を果たしているのは、各部材の仕様などを表した『属性情報』だ。これによって建築は飛躍的に生産性向上が図られた」と強調した。

 ただし、建築のBIMにも未整備な点はある。佐藤氏は建築と土木のBIMを総称する言葉として「CIM(コンストラクション・インフォメーション・モデリング)」を提唱している。建築のBIMでも、システム上で素材を表す方法が建設会社や設計事務所の間で統一されていない現状を踏まえて、「建築と土木で共通する素材のライブラリーを作ってはどうか。国交省も建築と土木で使う言葉を同じにしよう。みんなの力でやらないとガラパゴスになってしまう」と、佐藤氏は提案する。

BIMの効果やCIMの導入について語る国土交通省技監の佐藤直良氏(写真:家入龍太)

国や地域、公共土木事業が直面する様々な問題を、CIMによって各要素技術や制度・施策を統合し、解決することを目指している(資料:佐藤直良氏)

会場は約250人の参加者で満員(写真:家入龍太)

CALS/ECの成功と失敗とは

 続いての講演は、愛媛大学教授の木下誠也氏による「建設CALS整備基本構想から15年」だ。木下氏は、1997年6月に建設省(当時)が「CALS/ECアクションプログラム」を発表したとき、同省のCALS/EC担当者だった人物だ。

 当時のCALS/ECの狙いは「ペーパーレス化とデータ共有による事業活動の統合化」だった。いわば、設計、施工から維持管理にわたる建設フェーズの情報をデジタル化し、関係者で共有しながら事業を進めるというワークフロー改革を目指したものだ。

 BIM の世界では、施主や設計者、施工者など建設プロジェクトの関係者が協力しながら円滑に業務を進めていく「IPD(インテグレーテッド・プロジェクト・デリバリー)」という言葉があるが、CALS/ECもこれとよく似た発想で始まったのだ。

CALS/ECの15年間を振り返る木下誠也氏(左)。1998年当時に木下氏が講演で使用したスライドでCALS/ECの狙いを説明した(右)(写真:家入龍太)

 それから15年後の今、電子入札や図面の電子納品、情報化施工などが導入された。しかし、設計と施工の間で生産システムがブツ切りになっている現状は現在も変わっていない。

 木下氏はCALS/ECアクションプログラムの最終年度である2010年度において「できたもの、できていないもの」を率直に語った。

 「できたもの」とは、CALS/ECにおける個別の要素技術についてだ。これはかなり整備できている。電子入札は利用が拡大し、電子納品はCAD図面や写真、測量成果品など様々な基準が整備された。情報共有も工事施工中の実証実験で行われた。

 一方、CALS/ECにおける建設生産システム全体のワークフローは未完成だ。これが「できていないもの」である。電子契約は未達成、電子納品された成果品はあまり活用されていない、設計から施工、施工から維持管理の間での情報共有もまだという具合だ。電子納品における紙とCDの二重納品に象徴されるように、以前からある手続きを全面的に見直すまでには至っていないことがその根底にはある。

 CALS/ECによってパソコンやCADソフト、デジタルカメラなどが工事現場に普及し、一見、情報のデジタル化が進んだかのように見える一方、生産性向上の効果があまり感じられない原因はここにありそうだ。

CALS/ECの最終年度における成果と課題について語る木下氏(写真:家入龍太)

発注者が建設情報の流れのネックに

 後半のパネルディスカッションでは、これまでCALS/ECアクションプログラムを支えてきた産学官の“CALSプレーヤー”が、率直な意見交換を行った。その場では、CALS/ECが建設ワークフローの改革までには至らなかった原因や、今後の公共土木事業におけるICT(情報通信技術)の効果的な活用についての意見が飛び出した。

 司会は講演も行った木下氏。パネラーとして登壇したのは、CAD図面の電子納品基準で使われている「SXF形式」の開発に携わった関西大学教授の田中成典氏、1997年以降、日本土木工業協会(現・日本建設業連合会)のCALS検討ワーキンググループで活動してきた戸田建設の佐藤郁氏、建設コンサルタンツ協会CALS/EC委員会委員やデータ連携専門委員長を務める八千代エンジニヤリングの藤澤泰雄氏、そして国交省大臣官房技術調査課で建設技術調整官を務める多田智氏だ。

CALS/ECを支えてきたプレーヤーたちが一堂に集まったパネルディスカッション(写真:家入龍太)

 設計者の立場から藤澤氏は土木分野で生産性向上に役立つはずの3次元CADやBIMが普及していない原因についてこう語る。

「建設コンサルタントが3次元CADで設計し、そのデータを発注者に納品しようとしても、3次元のデータは使い方が分からないのでいらないと言われる。発注者からいらないと言われると、3次元CADを使おうという気がなくなる」

つまり、設計と施工の間を仲立ちする公共土木事業の発注者の段階で、3次元情報が欠落するというわけだ。この藤澤氏の意見を佐藤郁氏も施工者の立場から裏付ける。

「図面の電子納品は2次元のデータでよいので、3次元情報のうちZの情報がなくなる。そこで現場の人は図面の解読に苦労することになる。設計で使った情報が施工に流れてこないのがフラストレーションになっている。コンサルタントにこっそりお願いして情報をもらうという裏ワザで得たデータがあると、非常に効率的に作業できたりする」

日本建設業連合会の佐藤郁氏(左)と建設コンサルタンツ協会の藤澤泰雄氏(右)(写真:家入龍太)

 国交省近畿地方整備局の情報化施工プロジェクトにもかかわる田中氏は、「情報化施工では重機が施工に使う3次元データを誰が作るのか、誰のカネで作るのかがグレーになっている。平面図、横断図、縦断図から3次元データを作るのは容易ではない」と語り、発注者である国が3次元データの流通を円滑化するべきだと語った。

 また、設計者が作った建設情報を施工者が有効に利用できないのは、発注者を経由する段階がネックになっているのではないかという指摘を受けて、国交省の多田氏は「国交省としてオーソライズされた意見ではない」と前置きしたうえで、「3次元データを利用すると業務も楽になり、品質も良くなることが予想できる。CALS/ECでは“基準づくり”が先行したが、これからは国交省の現場を“試行プロジェクト”の場として提供し、3次元データの利用についても、発注者として課題を見つけては改善していくという方法が良さそうだ」と語った。

関西大学の田中成典氏(左)と国土交通省の多田智氏(右)(写真:家入龍太)

建設生産プロセス改革への高い期待

 CALS/ECによって図面はCADで描くのが当たり前になり、現場事務所にもパソコンやLAN、インターネットなどのITシステムが普及した。さらに3次元データで盛り土や切り土の施工や出来形管理を行う情報化施工もかなり一般化している。このように公共土木事業に携わる人々のITリテラシーを向上させたことは、CALS/ECの大きな成果と言えるだろう。

 その一方で、CALS/ECが業務の効率化につながらなかったという受注者も多い。建設プロセス全体のワークフローにはまだまだ多く課題がある。

 土木のBIMこと「CIM」には、これまで開発されてきた個別技術を統合し、建設プロジェクトにかかわる情報を設計から施工、維持管理へとスムーズに受け継ぐことにより、生産性を大幅に向上させることが期待されている。

 国交省の「CIM」に対する取り組みへの周囲の関心は非常に高い。このセミナーの概要をブログで紹介したところ、筆者のフェイスブックやツイッター(いずれもソーシャルネットワーク・サービスの名称)には、CIMへの強い期待が感じられるコメントが相次いで寄せられた。

「本気で生産性向上に取り組まないと現場は手遅れになる」「土木がその気になったら早い。期待したい」「早くそうなってほしい」……筆者のフェイスブックにはCIMに期待する多くのコメントが寄せられた(資料:家入龍太)

 CALS/ECが始まった90年代の建設業界は、まだ「親方日の丸」の下で護送船団方式が色濃く残る時代だった。現在は当たり前になったパソコンやインターネットの利用も、当時はあまり普及していなかった。そのため、CALS/ECによる生産性向上をうたう一方で、電子納品などの基準は「どの企業でもできる」レベルに抑えざるを得なかったという事情もあるだろう。

 そして、基準以上の電子データを求める発注者はほとんどおらず、せっかく受注者が3次元CADなどで高付加価値な成果物を納品しようとしても受け付けることはなかった。CALS/ECの基準は、現在のIT技術でできることを考えれば「最低品質」に過ぎない。この基準で満足するということは、それ以上の品質向上や生産性向上を放棄することを意味する。そうしている間に、海外でのBIMや3次元技術の活用は急ピッチで進んでおり、このままでは日本の建設業界の国際競争力を高めるのは難しいだろう。

 国交省がCIMによって日本の公共土木事業の生産性を高めていくためには、もはや各担当者のやる気や熱意に頼っていてはいられない。CIMに対応できるパソコンやソフトの導入など発注者側のIT環境の整備はもちろん、公共事業の発注担当者への教育訓練を促す仕組みが必要だ。そして、設計と施工、維持管理をつなぐワークフローを担うプレーヤーの一員として、発注者も業務プロセスの中で機能しなければいけない。

 国交省技監の佐藤直良氏は講演の中で、BIMによる生産性向上に触れたとき「そろそろ」という言葉を使った。その意味は分からないが、これまでの「どの企業でもできる基準に合わせる」という護送船団方式を改め、「できる企業で生産性をとことん伸ばす」という考え方に基づき、技術競争や合理化のあり方をそろそろ真剣に実行すべき時期に来ていることは確かだ。公共土木事業のイノベーションと生産性向上を実現するために、発注者にはリーダーシップを取ることが求められている。

家入龍太(いえいり・りょうた)
1985年、京都大学大学院を修了し日本鋼管(現・JFE)入社。1989年、日経BP社に入社。日経コンストラクション副編集長やケンプラッツ初代編集長などを務め、2006年、ケンプラッツ上にブログサイト「イエイリ建設ITラボ」を開設。2010年、フリーランスの建設ITジャーナリストに。IT活用による建設産業の成長戦略を追求している。
家入龍太の公式ブログ「建設ITワールド」は、http://www.ieiri-lab.jp/ツイッターやfacebookでも発言している。

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