列車は通らない一筋の鉄路──。歩いていくと、日本海の眺望が一気に広がる。この遊歩空間は、兵庫県が旧余部鉄橋の一部を再生活用してこの5月に開設した展望施設「空の駅」だ。JR餘部駅に隣接し、コンクリート橋として生まれ変わった新余部橋梁と並んで設けられている。

2010年にコンクリート橋に架け替えられたJR山陰本線の余部橋梁。寄り添うように、旧余部鉄橋の一部が残る。兵庫県がJR西日本から無償譲渡された3本の橋脚部分などを生かし、展望施設を整備した(写真:生田将人)
2010年にコンクリート橋に架け替えられたJR山陰本線の余部橋梁。寄り添うように、旧余部鉄橋の一部が残る。兵庫県がJR西日本から無償譲渡された3本の橋脚部分などを生かし、展望施設を整備した(写真:生田将人)

現在の余部橋梁と海側に設けられた展望施設(写真:生田将人)
現在の余部橋梁と海側に設けられた展望施設(写真:生田将人)
旧余部鉄橋(写真:香美町)
旧余部鉄橋(写真:香美町)

 旧余部鉄橋は明治末期に誕生。建設当時、鋼トレッスル式橋梁として橋長も高さも東洋一の規模を誇っていた。冬には厳しい潮風が吹き付け、列車の遅延や運休がしばしば発生していたことでも知られる。

 新橋梁への架け替えが決まると、専門家などから旧鉄橋の保存を望む声が上がり、県は、2006年に学識経験者のほか、地元自治体や住民、JR西日本や県などをメンバーに「余部鉄橋利活用検討会」を立ち上げた。

実物を残して「風景の記憶」を伝える

 検討会の座長を務めた京都大学大学院工学研究科社会基盤工学専攻の川崎雅史教授は、次のように説明する。「生活の基盤をなす風景が失われると、人は不安を感じるもの。地域の人たちの眺望体験を残すために、単に鉄橋を現地に保存するだけではなく、展望施設として活用することを提言した。一部でも実物を残すことが重要だと考えた」。

 検討会メンバーで余部連合自治会の山本美津男会長は、「子どもの頃は、旧橋の鋼製橋脚によじ登って遊んだものだ。さびやつららの落下、列車走行時の騒音など、“悪さ”もしたが我々にとっては存在することが当たり前の橋だった」と話す。