写真家・篠山紀信氏による写真集「現場紀信」(2012年12月25日発行、日経BP社刊)では、篠山氏が撮影した延べ15の現場の写真を収録した。同氏が最初に挑んだ現場が、2010年10月に供用を開始した羽田空港D滑走路だ。

撮影開始前は、「いざ現場に行って、どう撮っていいか分からないと感じるかもしれない」と思っていたという篠山氏だが、すぐにその面白さに目覚める。この現場に感じた「エロス」が、その後の「現場紀信」の撮影へと駆り立てていった。

連載第2回では、写真集に収録した羽田空港D滑走路の写真とともに、篠山氏による撮影記を掲載する。


写真集「現場紀信」―羽田空港D滑走路―より(写真:篠山紀信)
写真集「現場紀信」―羽田空港D滑走路―より(写真:篠山紀信)

 いま羽田空港を飛び立つ飛行機のおよそ半分がこのD滑走路を使用する。だがその乗客の何人がこの下に、ステンレスの列柱が海の神殿のように整然と並んでいることを知っているだろうか。

 僕が初めてボートでこの列柱に忍び込んだときには、思わず頭がくらくらするほど興奮した。

 神聖を帯びた銀色の列柱が黒い水から無数に直立し、天井のチタンと海面に反射し、怖いほど美しい異界をつくっていた。

 人は誰でも、人智を超えた自然の風景に出会ったとき、そこの天然の美を感じ、驚嘆し感動する。だがここにあるのは人間がつくり上げた人工の異空間、僕にとっては現代のハイテクノロジーが生んだ、現世の神が宿る神殿に思える。

 こういう場に立ち会えたとき、つくづく「現場紀信」をやっていてよかったと思う。美しいだけでなく、この現場にエロスを感じる、ずっとこの場に浸っていたい誘惑に駆られる。

 おいおいお前は建物を見ても発情するのかよ、と言われそうだが。想像を超えた美の存在に遭遇したとき、僕は人以外の事(コト)でも物(モノ)でも場(バ)でも、そこにエロティシズムを感じる。