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日経コンストラクショントップニュースとコラム > 記事(前のページ)

ニュース

【首都高速火災事故】写真で見る復旧までの軌跡(前編)

2008/11/20

 10月14日正午、タンクローリーの火災事故から73日目に首都高速5号池袋線が全面開通した。約20億円を投じて、火災の熱で損傷した高架橋の鋼桁と床版を2径間分の計40mにわたって架け替える工事は前代未聞。部分開放しながら半断面ずつ施工するという厳しい条件の下、当初の予定よりも工期を約1カ月短縮した。架け替えの施工手順と復旧までの軌跡を写真で振り返る。

 首都高速5号池袋線の下り線で、タンクローリーが横転して炎上したのは8月3日のこと。事故の現場は、下り線の上に上り線が通る2層構造。いずれも長さ20mの鋼製I桁を6本ずつ各径間に架けた鋼単純桁橋だ。火災の熱で上り線の鋼桁が大きく変形し、路面が60~70cm沈んだ。

 通行止めによって、首都高速道路全体の料金収入は1日当たり5000万円減少。周辺の一般道にも大渋滞を引き起こした。1日も早い復旧が“至上命令”だった。

 首都高速道路会社は8月8日、被災前と同じ構造で上り線の2径間を半断面ずつ架け替える方針を決めた。まず、タンクローリーが炎上した場所から離れた東側の1車線を一時的に部分開放して、西側の3本の鋼桁と床版を架け替える。次に、部分開放する車線を東側から西側に切り替えて、東側に残る3本の鋼桁と床版を架け替える。

 まずは、事故が発生した8月3日から西側の架け替えが完了した9月18日までを見ていく。

(注)以下の写真はすべて首都高速道路会社が提供。写真をクリックすると拡大して表示します

8月3日午前5時52分
事故発生

カーブを曲がりきれず、横転して側壁に激突し、炎上するタンクローリー。下り線を走行していた 完全に鎮火したのは午前11時半ごろ。路面には泡消火剤などが散乱している。タンクローリーの運転手は炎上前に脱出したが、腰椎(ようつい)骨折などの重傷を負った
首都高速道路に隣接するマンション。火災の熱で外壁の一部がはがれた 1000°Cの炎に90分間あぶられて変形した上り線の最も西側にある鋼桁端部。1.2mの桁高が半分程度になった
橋脚の横梁。表面のコンクリートがはく離して、帯鉄筋が一部露出した 上り線の床版下面のコンクリートも、表面の一部がはく離したほか、無数のひび割れが生じた
事故現場を西側から見たところ。下層の下り線と比べて、上層の上り線の損傷が激しい 鋼桁の変形で、60~70cm沈下した上り線の路面。事故が日曜日の早朝だったので、交通量が少なく死者はゼロだった
下り線の路面には、上り線の下面にあった吸音板のアルミ材が熱で溶け落ちて付着した 現場検証を終えて搬出されるタンクローリー。首都高速道路会社は2008年度中に、復旧工事費約20億円と通行料金の減収約25億円の合計約45億円を、タンクローリーを所有する多胡運輸(群馬県高崎市)に請求する方針だ


8月4日から
(1) 西側を仮支柱で支えて、東側の1車線を部分開放

上り線の鋼桁を支える仮支柱を設置しているところ。JFEエンジニアリングが手持ちの資材を提供した 上り線の東側にある鋼桁の一部は、部分開放する前に当て板して補強した
上り線の東側1車線を部分開放するのに先立ち、載荷試験をしている様子。鋼板を積んだ重さ25tのトラックを2台走らせた 載荷試験で、トラックが通過する際の鋼桁の変位などを測定しているところ


8月10日から
(2) 西側の上り線を小ブロックで撤去。橋脚を補修

上り線の西側にある床版をカッターで切断している様子。首都高速道路会社のグループ会社である首都高メンテナンス西東京が昼夜連続で施工した 西側の床版は約2m四方の小ブロックに切断した後、クレーンで吊り上げて撤去した
床版と鋼桁の撤去が進む上り線。1径間は20m。鋼桁は長さ10m程度に切断して撤去した 橋脚の鉄筋位置のコンクリートは、健全なアルカリ性を保っていることが判明。そこで、鉄筋の位置までコンクリートをはつった後、ポリマーセメントモルタルを吹き付けて断面修復した
断面修復した橋脚の表面には、アラミド繊維シートを巻き立てた。橋脚の補修は三井住友建設が担当した


8月27日から
(3) 西側の上り線の鋼桁と床版を構築。橋脚を補修

8月31日、現場に搬入した西側の新しい鋼桁。通常は発注から4~5カ月かかるが、鋼桁の架け替え工事を担当したJFEエンジニアリングはグループ会社のJFEスチールに鋼板のロールを緊急で依頼。事故から1カ月足らずで架設した 西側の2径間にそれぞれ3本ずつ架けた鋼桁。上り線と下り線に1台ずつ配置したクレーンで吊り上げた
支承を設置している様子。新しい支承は、首都高速道路の別路線の支承取り替え工事で使う予定だったものを転用した 鋼桁を架設した翌日、鋼桁の間にプレハブ化した型枠を設置しているところ。床版の施工は大林組が担った
西側の上り線の床版で、鉄筋を組んでいるところ。9月4日に撮影 9月6日、2径間ある西側の床版にコンクリートを打設した。被災前と同じ軽量骨材を使ったコンクリートを採用。床版の厚さも被災前と同じ22cmとした。舗装も含めると全体の厚さは28cmになる


9月14日から
(4) 車線の切り替え準備

床版のコンクリートを打設してから8日後、アスファルト舗装を施した 架け替えを終えた西側の上り線を部分開放するのに先立ち、警視庁などが現地調査しているところ
9月18日午後2時、部分開放する上り線の車線が東側の1車線から西側の2車線に切り替わった


 復旧の軌跡・後半はこちら

瀬川 滋ケンプラッツ

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