公共事業では、行政と地域住民との対立や、住民相互で意見が割れる状況が生まれることもある。哲学者という一見かけ離れた立場から住民の合意形成や地域づくりに関わってきたのが、桑子敏雄教授だ。人は彼を「地を這う哲学者」と呼ぶ。その活動の現場に同行してみた。
6月上旬、佐渡島ののどかな里山に、つち音が響く。ここは新潟県佐渡市両津の福浦地区。地元住民が組織した「福浦ふるさと会」による防災道整備の現場だ。今は通る人もまれな古い里道を津波襲来時に高台へ逃げる避難路として生かすため、住民自身が整備している。
カメラを下げて、皆と一緒に汗をかいている1人の男性。東京工業大学大学院の桑子敏雄教授だ。参加者たちに、気軽に話しかける。「この野草はきれいな花が咲くから、刈らずに残そうよ」、「この湧き水を生かせば、沢と池ができる。散歩にも最高の道になるよ」。ある参加者は、「偉い先生と聞いているが、いつも気さくな人だよ」とにっこり。
生い茂った草を刈り、杭を打って階段を設け、地元名産のカキの殻を粉状にして路面に敷く。作業を行ったのは、同会会員を中心とした住民のほか、地元の公務員や建設会社社員など総勢40人弱。皆がほぼボランティアに近い立場での参加だ。
地元の建設会社として社員たちとともに重機持ち込みで参加していた山口桂二・麻布組社長は、次のように話す。「建設会社と言えば、住民から苦情ばかり言われる“嫌われ者”。住民主体で取り組むこうした工事で頼ってもらえたことに、心の底から感激している」。