2011年3月12日に、九州新幹線鹿児島ルートが全線開業した。2010年12月には東北新幹線の八戸─新青森間が開通しており、鹿児島から青森までが新幹線でつながった。工期が限られるなかで、現場に特有の課題に新技術・工法などで対処し、完成にこぎつけた。

熊本市内を走る九州新幹線(写真:大村 拓也)
熊本市内を走る九州新幹線(写真:大村 拓也)

【九州新幹線・筑紫トンネル】地下水阻害を避けて縦断勾配を変える

 九州新幹線の起点、博多駅から約13kmの距離に位置する筑紫トンネルは、福岡と佐賀の県境にある脊振(せふり)山地を南北に貫く全長12.1kmの長大トンネルだ。

 トンネルの長さは、1974年から地質調査をしていた当時の国鉄の計画よりも約2.7km短い。2001年にこの区間の工事認可を受けた際に、トンネルの標高が最大で約100m高くなるように縦断勾配を見直したからだ。

 筑紫トンネルの周辺には、四つのダムがある。そのうち福岡県側にある三つのダムは、福岡市周辺の都市の水がめだ。トンネル内の湧水は、地中の水みちを通して現場周辺の河川の水や地下水が供給されるもの。湧水量が多くなれば河川からダムに流れ込む水の量が減り、上水道に影響が出る恐れがあった。

 この問題は国鉄時代にも検討され、トンネルの平面線形は各ダムの集水範囲からなるべく離れた場所を通るようにS字形に計画されていた。事業主体である鉄道建設・運輸施設整備支援機構は、地下水への影響をさらに抑えるために、最大で16‰(パーミル)だったトンネル内の縦断勾配を最大で35‰にして、トンネルを当初より浅い位置に建設した。

 「ダムの集水面積をいかに減らさないようにするかが重要だった。トンネルが深ければ深いほど、周辺の地下水に影響を及ぼす範囲が広くなる」。筑紫トンネルの掘削工事が進められていた06年ごろに鉄道・運輸機構九州新幹線建設局工事第二課課長補佐としてこのトンネルの整備計画、予算などの管理、地元対応を担当していた同局の吉野美喜男維持管理課長は、こう話す。最終的には、「工事完了後の調査で、実際の影響範囲は当初想定していた約34km2から約11km2に縮小できたことが分かった」(同)。

 04年に開業した九州新幹線新八代─鹿児島中央間にも勾配35‰の区間があり、運行面での問題は生じない

掘削中の筑紫トンネルで発生した湧水(写真:鉄道建設・運輸施設整備支援)
掘削中の筑紫トンネルで発生した湧水(写真:鉄道建設・運輸施設整備支援)

観測井を飲用にも確保

 鉄道・運輸機構は、計画段階からトンネルのルート周辺にある個人の井戸や新設した観測井を利用して、合計138カ所で地下水位などを計測する水文調査を実施していた。一部の観測井は、飲み水用の井戸としても使用できるようにした。

 「実際に飲用に使った観測井もあった。トンネル工事で、前もって飲み水用の井戸を確保したのは、それまで例がなかった」と吉野課長は話す。

 トンネル掘削時に費用をかけて止水対策を施したとしても、完全にその影響を無くすことはできない。万一、付近の井戸が枯れたときに、すぐに生活用水が確保できなければ地元住民の生活に支障を来し、工事への不信感を招きかねない。調査などで工事が中断に追い込まれる可能性もある。

 一部の河川では、着工前よりも流量が減少した。この影響で不足する農業用水は、福岡県側では川の水をポンプでくみ上げてため池に貯水し、佐賀県側ではトンネル坑内の湧水をくみ上げるなどして、地元自治体が対応している。

 「以前のトンネル工事では地元への対応が後手に回ることが多く、水の補償方法について地元の理解を得ることが難しかった。筑紫トンネルでは工事の初期段階から十分に説明を重ねてきたので、スムーズに合意形成できた」(吉野課長)。

[現場概要]

■発注者=鉄道建設・運輸施設整備支援機構
■設計者=鉄道建設・運輸施設整備支援機構、八千代エンジニヤリング(土石流対策の砂防ダム、堆砂敷き内のトンネルのみ)
■施工者=大成建設・徳倉建設・大木建設・松本組JV、鹿島・岩田地崎建設・さとうベネック・松山建設JV、前田建設工業・大日本土木・松尾建設・中野建設JV、ハザマ・大本組・梅林建設・深町建設JV
■工期=2002年1月~09年10月
■工費=359億円