マニフェストに書いてあるから中止するーー。2009年9月の政権交代直後、就任したばかりの前原誠司国土交通相はこう言って、八ツ場ダム(群馬県長野原町)の建設中止を表明しました。その後、八ツ場ダムの建設事業を再検証することになり、民主党政権の強硬姿勢は次第に軟化。2011年12月には現在の前田武志国交相が建設継続の対応方針を表明し、今国会で審議中の2012年度政府予算案にその事業費が計上されました。

 これまでの2年半で国交相は次々と代わり、方針も大きく変わりました。揚げ句の果てに、元のさやに収まるように建設継続の方向性が示されたわけです。国交省関東地方整備局によると、工事の中断による八ツ場ダム建設事業費の増額は約55億円に上ります(工事中断に伴う増額が2億8000万円、3年間の工事遅延に伴う増額が52億5000万円)。同じような迷走は、東京外かく環状道路などでも起こっています。

 以前に取材した官公庁の技術者は、時間をかけて地域住民と積み上げてきたものが方針転換で覆されて、苦悩していました。つい先日まで口説いていた内容と正反対の説明をしなければならないと。また別の官公庁の技術者は、事業の必要性に確信を持てないまま、職責として事業の必要性を地域住民に説かなければならないことに、つらさを感じていました。

 土木が政治に振り回される事態は、今に始まったことではありません。ある意味でそれは、国土づくりや地域づくりを担う土木の宿命です。ただ、成熟社会を迎え市民の価値観が多様化した現代は、何をつくればいいかが明確だった高度経済成長期と比べて、事業の必要性をめぐって右往左往する事態が起きやすくなっています。硬直化した事業にメスを入れるには、政治による方針転換も必要です。民主主義社会である以上、民意が変われば事業の必要性が変わるのも当然です。

 では、こんな時代に土木技術者は政治とどう向き合えばいいのか。それを考えたのが、日経コンストラクション2月27日号の特集「政治に振り回される土木」です。ぜひご一読ください。

 なお今号では「NEWS焦点」欄で、2月7日に発生した岡山・海底トンネル事故について6ページを割いて速報しています。専門家や技術者への取材を通じて、現段階で想定される水没メカニズムを探りました。こちらもぜひ、お読みください。