菊竹 清訓

 1928年、福岡県生まれ。50年、早稲田大学建築学科卒業後、竹中工務店、村野・森建築設計事務所を経て、53年に菊竹清訓建築設計事務所を設立。黒川紀章らとともにメタボリズムを提唱。日本建築士会連合会会長などを歴任。2005年の愛知万国博覧会で総合プロデューサー。2011年12月、83歳で死去した。

 主な作品に、自邸(スカイハウス、58年)、出雲大社庁の舎(63年、日本建築学会賞、BCS賞、芸術選奨文部大臣賞)、東光園(65年)、都城市民会館(66年)、佐渡グランドホテル(67年)、日本万国博覧会エキスポタワー(70年)、沖縄国際海洋博覧会アクアポリス(75年)、川崎市市民ミュージアム(90年、BCS賞)、江戸東京博物館(93年)、北九州メディアドーム(98年)、島根県立美術館(99年)、昭和館(99年)、九州国立博物館(05年)