「モダン建築に縛られず、建築の流動性を追求」

 以下では、ハイアット財団が公開した審査委員会の講評を掲載する。


 伊東氏は一貫して革新的な建築概念を卓越した設計技法で表現し続けてきた。40年以上にわたり世に送り出している傑出した作品は、図書館や住宅、公園、劇場、店舗、オフィス、パビリオンなど多岐にわたるが、それら1つひとつに取り組むにあたり、建築の可能性を広げようとする姿勢を決して忘れていない。類いまれな才能に恵まれた伊東氏は、それぞれのプロジェクトに内在する無限の可能性の発見に常に没頭してきた真のプロフェッショナルである。

 伊東氏の作品を目にする者は誰しも、施設の多様性だけではなく、建築という言語の幅広さに気付かされることになる。彼は構造と技術の精巧さにフォルムの明快さを組み合わせて独自の建築構文をつくり出し、やがて完成させたのである。彼のフォルムはミニマリストの技法にもパラメトリックな手法にも従属せず、環境の違いがそれぞれ異なる解答をもたらしている。

TOD'S 表参道ビル(写真:ナカサアンドパートナーズ)
TOD'S 表参道ビル(写真:ナカサアンドパートナーズ)

 伊東氏は初期、いわゆるモダン建築の手法をとり、チューブやエクスパンドメッシュ、パンチメタルシート、透過性生地など、一般的な産業素材とそのコンポーネントを用いることで構造の軽量化を実現した。後には鉄筋コンクリートを多用し、その表現方法を広げていく。彼の卓越した技法により、構造と空間、環境、技術、地域コミュニティーの全ての間に対等な関係が保たれている様は、実に見事である。

 ごく自然にバランスがとれているように見える建造物は、実は彼の深い知識と、建築のあらゆる側面に同時に対処できる優れた技能の上に成り立っているのである。作品それぞれが持つ複雑さにもかかわらず、その完成度の高さが物語るのは、利用者が自由に思い思いの時間を過ごすことのできる“平穏”な空間というレベルにまで、彼の作品が到達したことにほかならない。

 伊東氏の作品を語るとき、革新的という言葉が不可欠である。02年ブルージュのパビリオンや、建物の表層に構造の機能も担わせた04年のTOD’S 表参道ビルなどが良い例である。一方、伝統的な素材を従来の方法にとらわれずに採用する手法もまた、革新的である。

 例えば、シンガポールの商業施設Vivo Cityでは、流れるような有機的な形状をコンクリートで表現した。さらに、彼の建物には新しい技術や発明が多用されている。大館の樹海ドームや横浜の風の塔などを見ると分かりやすい。ただし、これらは慎重かつ客観的な環境分析ができる伊東氏だからこそ達成できた革新といえよう。