日経アーキテクチュアは建築家・菊竹清訓氏が亡くなって1年となる12月25日号に、「菊竹清訓、偉大なる反面教師」という記事を掲載する。その記事のために取材した菊竹清訓建築設計事務所のOB7人に、「最も心に残る菊竹建築」を聞いたところ、7人中3人が東光園を挙げた。伊東豊雄氏に至っては、「菊竹さんの、ということではなく、世界の建築も含めて、自分の生涯のなかで最もインパクトのあった建築」と語る。東光園とはどんな建築なのか。

東光園。玄関口のある西側からの見上げ(写真:磯 達雄)
東光園。玄関口のある西側からの見上げ(写真:磯 達雄)

 東光園は鳥取県米子市、日本海に面した皆生温泉にある観光ホテル。菊竹清訓建築設計事務所の設計により1964年に完成した。地下1階・地上7階建て、延べ面積3356m2(竣工時)。構造は鉄骨鉄筋コンクリート(SRC)造で、客室階である5、6階を大梁からつり下げるという大胆な構造形式を採っている。構造設計は早稲田大学の松井源吾構造研究室、設備設計は同大学井上宇市設備研究室、施工は熊谷組が担当した。

東側には階段室とエレベーターが突き出している(写真:磯 達雄)
東側には階段室とエレベーターが突き出している(写真:磯 達雄)

 では、伊東豊雄氏が東光園を推す理由を聞いてみよう。