仲原正治の「まちある記」(17)
2012/02/02
山形県鶴岡市を最初に意識したのは40年前に遡る。当時、妻の実家の福島県いわき市に暮から正月に滞在するのが恒例だったが、暮になると山伏(修験者)が「家内安全・無病息災」の札を持って来ていた。義父がお布施を渡し会話を交わすのだが、山伏は「羽黒山から来ました」と言っていた。鶴岡や出羽三山を意識したのはそれが始まりだ。
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