キングス・クロス駅――。ハリー・ポッターが魔法学校へ入学するために電車に乗った重厚なレンガの駅と言えばお分かりになるだろうか。この駅が2012年、コンコースの改修に伴って、英国ロンドンの玄関口にふさわしい新たな空間となる。4億ポンド(1ポンド=125円換算で500億円)を掛けた再開発プロジェクトの一環として、ネットワーク・レール社の発注の下、ジョン・マッカスラン・アンド・パートナーズ(意匠)とアラップ(エンジニアリング)が協働して設計し、このほど一部が公開となった。

新コンコース内観イメージ。ダイアグリッド・シェル構造がのびやかに広がり、空間全体を覆っている(画像:John McAslan + Partners)
新コンコース内観イメージ。ダイアグリッド・シェル構造がのびやかに広がり、空間全体を覆っている(画像:John McAslan + Partners)

歴史的建造物と新設される大空間との融合が、デザインの根幹をなしている。2012年、新旧融合をなした新たな姿でオープン予定(写真:John Sturrock)
歴史的建造物と新設される大空間との融合が、デザインの根幹をなしている。2012年、新旧融合をなした新たな姿でオープン予定(写真:John Sturrock)

 この再開発の特徴は、現代の主要駅として備えるべき機能を周囲の歴史的建造物群にシームレスに組み込み、“何十年にもわたりランドマークであり続ける建築”を目指した点である。年間乗降客数4700万人、ロンドン市内で最も混雑する駅のひとつであるキングス・クロス駅を、安全に稼働させたまま工事を進め、隣接する地下鉄駅との機能統合や商業施設の充足も、設計条件の一部であった。

 ランドマークという面では、特徴的なダイアグリッド・シェル構造の屋根が、そのスケールを感じさせない繊細な佇まいで空間を覆っている。この屋根は、ペリメーター部分の樹木状の柱と、中央のじょうご状の構造に支えられた独立した構造となっている。施工性を高めるため繰り返しとしたモジュールが、エレガントかつ軽妙洒脱(しゃだつ)な有機的形状をつくり出している。メタルハライドランプによるアッパーライトは浮遊感を生み、駅の利用者を都市の日常空間へと緩やかに導いていく。

 今後、1970年代にできた既存のコンコースは撤去され、ヴィクトリア朝だった1852年当初の建築家の意図通り、駅には大空間が広がることになる。この屋根は、当時の建築界で流行していたネオ・ゴシック様式の荘厳な建築群の中に、同じくその頃、機械工業化されたレースが広がった様子を彷彿とさせる。旅情をかき立てる一介の経由地だった古びた鉄道ターミナルは、それ自体が目的地へと変化していくことだろう。