日本には既に十分すぎるほどの建物が存在している。にもかかわらず、超高層ビルが次々と建設され、スクラップ・アンド・ビルドが繰り返される。「人が住むための建築なのに、なぜ無駄につくり続けるのか。産業として、機械的に建築がつくられていく。その矛盾を指摘する人もいない。その状況に憤りを感じる」と坂口恭平氏は話す。

 2008年に入って発刊された2冊の本が話題だ。『TOKYO 0円ハウス 0円生活』は、坂口氏が隅田川沿いのブルーシートハウスに住む「鈴木さん」に密着取材し、その生活を描いたもの。『隅田川のエジソン』はその経験を基に書いた小説だ。

 「鈴木さんの家を見て、本当の建築とはこういうものだと思った」。自分の場所は自分でつくる。場所はある程度の広さがあれば十分。すべてが内的必然性から成り立っている人間くさい建築。うそっぽいところが一つもない。「感じたことをその通りに書いたら、本を読んだ一般の方から『感動した』というたくさんの連絡をもらった」。


路上生活者の建築に密着
上は『0円ハウス』(リトルモア、2004)、『TOKYO 0円ハウス 0円生活』(大和書房、2008)。下は『隅田川のエジソン』(青山出版社、2008)。路上生活者を描いた坂口氏の書き下ろし小説(写真:鈴木 愛子)

 坂口氏は建築学科の出身。早稲田大学で石山修武教授に師事した。大学では、路上生活者がつくる「建築」を調査・記録し、卒業論文として提出。その内容を2004年に『0円ハウス』として書籍化した。「僕が考える建築と、大学で教わる建築には大きなズレがあった。今までの建築自体に『ちょっと違うんじゃないか』と異議を唱える人は大学には誰もいなかった。僕の考えを理解してくれたのは、石山さんだけだった」。

 建築とは、人が生きるための内的必然性から生まれるもの。「それをつくるのが建築家だと思っていた。今の建築家は存在する理由のないコンクリートモンスターをつくっているだけ」に見える。とはいえ、既に建ててしまったものは仕方がない。「これからの建築家は、逆にそれを面白く受容する方法を考えたほうがいい」。

 それは、リノベーション事業を展開して稼ぐ、といったことではない。建築家は「建築をこう感じよう」とか「建築はこうあるべきじゃないか」ということをもっと提案すべきだ、と考える。

 そうした坂口氏の活動や考え方を、多くの一般メディアが取り上げた。『TOKYO 0円ハウス 0円生活』は映画化の予定もある。「社会に何か伝えたいことがあるときに、建築メディアだけでは勝負できない。建築書籍の値段と発行部数を知るとがくぜんとする。そういう現実を分かって、具体的な戦略を立てて、活動している人が何人いるだろうか。もう狭い世界だけで生きていくのはやめよう、と言いたい」。

 現在、坂口氏の活動の場は世界に広がっている。カナダやケニア、フランスなど、様々な国で行われる展覧会に出品した。「日本だと僕の考えを理解してくれる人は少ないと思っていたので、世界に目を向けた」。

 04年に出版した『0円ハウス』を持って、注文を取るためにパリとロンドンの書店を巡った。各国の美術館のキュレーターにも自分を売り込んだ。「日本人として考えていることを知らせたかった」。営業のかいあって、現在では世界中からオファーが来る。作品は写真やドローイング、インスタレーションなど様々だ。

 「付せんをいっぱい張った『0円ハウス』を持ったフランス人が『ポンピドー・センターで買いました!』と言って会いに来てくれた。その時は本当にうれしかった。そうやって、世界中の人が驚くようなことをやり続けたい」。


坂口 恭平氏
1978年熊本県生まれ。2001年早稲田大学理工学部建築学科卒業。「肩書をアーティストや建築探検家と書かれることが多いが、自分ではそういうつもりはない。自分の信じていることをやっているだけ」。坂口氏のウェブサイト(http://www.0yenhouse.com/)(写真:鈴木 愛子)