「建築を考えることは人間を考えること。そのため、建築界にこだわらず幅広い職業に就いたらいい」。内藤氏はこうアドバイスする。NPOをはじめ、銀行や保険会社なども選択肢の一つだと話す。

――建築系の学生の進路に対してアドバイスをいただけますか。
内藤 日本の社会では、問題が山積です。地球環境の問題もあるけど、それだけではなくて地方都市や農山村に関するもの、それから少子高齢化、都市再生の後始末などなど、たくさんあるわけです。そういう問題に対してもっと目を向けてほしい。そこを乗り越えるブレークスルーのための手段としてデザインに期待したい。
 今はみんながデザインを自分のために使っているような気がします。他人より目立つとか、一刻も早く建築雑誌の誌面をにぎわすとか。そういう意識が働き過ぎているんじゃないでしょうか。そうではなくて、みんなが困っていることに対して何ができるかを問うて、そこを抜ける中で本当にその人らしいデザインの在り方や、建築の新しい地平が開かれると思います。

――特に地方都市の問題が大きく取りざたされていますね。
内藤 みんなの目は地方に向いていますが、地方の問題と首都圏の問題は等価だと思っています。実は首都圏の中でもいろいろな問題は起きているわけです。地方都市の問題は極めて急速に劣化しているというか、劣化が激しいことです。これには若い人も気付いているはずです。
 ただ、自分の故郷が厳しい状況に置かれる一方で、課題ではスーパーフラットとか言っているわけです。メディアから与えられたデザイン言語というのは、同世代の過当競争を勝ち抜くための便利な手段ではあるけれど、そろそろもう少し本気で本物を生み出す若い世代が出てきてもいいと思います。

――確かに、若手の建築家同士が競い合っているという状況が目立っていますね。
内藤 全員が作家になる必要はないですよ。それこそ「建築というのは人間社会の中でつくられるのだから何にでもなれるんだよ」という冒頭の山口さんの言葉そのままだと思います。建築を考えるということは人間を考えることなのだから、あまり狭く考えないでいろいろな職業に就いたらいい。
 例えばNPOを目指してもいいし、銀行や保険会社に就職してもいい。あるいは何か商売を始めてもいい。どれも人間を相手にしているわけですから、大学で建築を勉強したのは人間について学んだことだと考えて、広くとらえた方がいいと思います。
 今は少しデザイン原理主義みたいになっている。それでスターアーキテクトになれないと負け組みたいな話になっているけど、僕はそうじゃないと思います。別に大工になってもいい。それはそれで立派なことだと認める風土が必要ですね。

――学生が建築離れしていると感じることはありませんか。
内藤 土木から比べれば、建築学科は人気があります。だけどスターアーキテクト養成講座みたいになっていることが問題です。実際は、スターになれるのは5年や10年に1人だということをもう少ししっかり言わないといけないでしょうね。
 土木は90年代に人気が大きく落ちましたが、それまでは建築より難度が高い時期もあったのです。特に東京大学では役人になって偉くなろうと思ったら土木を出ないといけないので人気になった。いっとき不況が来たり、ゼネコン汚職が取りざたされたり、いろいろな問題がありましたよね。そうして、ある種ダーティーなイメージが付いてしまった。「社会基盤」では駒場キャンパスで自分たちのやっている内容を教えようと、この10年ほどすごく一生懸命やった結果、今は人気が結構高いですよ。それはちゃんと伝える努力をしてきたからです。
 社会基盤のよさは、森羅万象を相手にするところです。例えば、川や海、山、あるいは気象であるとか。自然を相手に人間は何ができるかということに先生方は常に向かっている。若い人は直感的に感じ取るので、ちゃんと分かってくれると思います。


内藤 廣氏
1950年神奈川県生まれ。76年早稲田大学大学院修士課程修了。フェルナンド・イゲーラス建築設計事務所、菊竹清訓建築設計事務所を経て81年内藤廣建築設計事務所設立。2001年東京大学大学院工学系研究科社会基盤学助教授、03年同教授。近作は島根県芸術文化センター(05年)、とらや東京ミッドタウン店(07年)、JR日向市駅舎および駅前広場(08年)など(写真:柳生 貴也)