技(わざ)の継承・伝承というのは、とても興味深いテーマです。

 技能がそのまま他人に乗り移るわけではないので、伝わるのは要するに「情報」(知識)です。それを、技量を高めるための元手に使うわけです。そして、いま目が向けられているのは、“建築”を伝えるために生み出されてきた膨大な図書情報(図面、書類、書物…)に頼るだけでは必ずしも満足に至らない、別種の質を持つ情報です。「テクノロジー」というよりも「テクネー」(技芸)、また、受け渡しの度に淘汰と進化(退化)の力が働くはずなので、動物行動学者のリチャード・ドーキンスが称した「ミーム(meme:文化遺伝子)」などをイメージするのもよいかもしれません。現代では組織的な継承・伝承がテーマになりますから、「ナレッジマネジメント」にも目を配らないとなりません。

 建築書籍や建築雑誌がどれほどの質を持つ情報を伝えてきたのか、伝えることができるのか。もろもろの体たらくを知るにつけ(自己反省を含め)不安になることも多い現在の状況です。「2007年問題」の解消が具体的に模索されているいま、アドホックな(その場限りの)“交流”の場を積み重ねるなかで、どのような・どのように「情報」の継承・伝承を図ろうとする動きがあるのかは知っておきたい、伝えておきたい。

 といったところが、最新号(2007年1月22日号)の特集(「技を継ぐ」)の観点の一つだと受け止めていただければと思います。詳しくは本誌でお読みください。

 その(アドホックな)場に立ち会っている方々も限界を感じているのかもしれませんし、受発信者の相性が合わなければ「迷惑な研修」になってしまう場合があるのかもしれません。しかし、継承・伝承をおろそかにするわけにはいかないので、雑誌(メディア)としても伝え方を工夫していきたいところです。特集についてはこのケンプラッツ上でアンケート調査を行い、貴重なご意見をいただきました(結果の一部はウェブ上でもご覧いただけます)。ご協力いただいた方々には御礼申し上げます。

 巻頭には、石山修武氏がカンボジアのプノンペンに建築を完成させるまでの“交流”のストーリーを置きました(「悲劇の二都市を結ぶ『ひろしまハウス』」。

 石山氏は、技(に潜む精神や文化)の継承・伝承に力を注ぎ、重要な役割を果たしてきた建築家のひとりだと思います。ひろしまハウスは、「歴史は過去のものではなく、現在に続いている。そのことを忘れないようにするための建物」なのだそうです。「目的に向かって最短距離で進む」近代建築とは異なる理想形を、ここで実践できたと語っています。

 また恒例の企画として、「2007年に竣工する主な建築・住宅 国内編」を掲載しています。今年はやはり東京──大規模開発プロジェクトの完成が続きます。美術館、ホテル、海外ブランドの旗艦店などのオープンも相次ぎます。その様相は石山氏の言う「遠回り」とは異なる観もあり……。だからこそ継承・伝承を語る機運があることは、大事にしなければならないと考えています。